やっと会えた物語
脚本のタイトルを見て、最初は正直ビックリしました。「ボクの妻と結婚してください。」―え? どういう意味? って。でも読んでいくうちにクスクス笑えるんですよ。そしていつの間にか、涙がこぼれてきた。そこで初めて自分が泣いていることに気が付いたんです。もともと“明るくて、でも切ない”がツボで、大好きな世界観。名曲「Can’t Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)」のように、明るくてハッピーなんだけど、胸がぎゅって締め付けられるようなもの……そんなテーマの作品をやってみたいと常々思っていたので、「あ、やっと会えたな」と思いました。

大人のファンタジー?それとも……
「妻の結婚相手を探そう」っていう修治の発想は、かなり突拍子もないし、現実から5㎜くらい浮いている気がしました。だから最初はとてつもなくファンタジーな物語なのかなと思っていたんです。でも、よく考えていくと、これもアリかなと思い始めて。自分自身が修治と同じ状況になってしまったら……家族はきっと悲しんでくれると思う。でも日常は続いていくわけで、そのうち「男親がいてくれたらな」って思う瞬間が来るんじゃないかと。そんな風に未来を冷静に想像していくと、物語にすごくリアリティを感じました。彩子(吉田羊)の笑顔が増えるなら、絶対にその方がいいはず。修治の考え方は、家族想いでとっても優しいなと感じました。彼にとって何より大切なことは彩子の笑顔なんですよね。新たなパートナーと息子の3人で笑いながら過ごしてほしい。もちろん僕もこんな発想はこの作品に出会うまで、全くありませんでした。でも選択肢としてあるのかなと、今は思えます。

放送作家の主人公
放送作家という職業を演じたのは初めてですが、実は作詞をしている時の自分にちょっとだけ似ていると思いました。年中、何かネタになることを探しているところは自分も共通しているし、それはお芝居についても同じ。プライベートでも、ふと仕事のモードに入って「これはいいアイデアだな」って思ったりすることはよくあります。今回はがっつりと役作りはせず、自分が修治に共感できる部分を膨らませていきました。
実際、どんどん修治というキャラクターに入っていくうちに、「本当に調子が悪いな」と感じましたし、「この役を演じたことで本当に病気になったらどうしよう?」とまで思ったこともありました。体も辛いし、食事はほとんど食べていなかったのですが、撮影が進むにつれて憑き物が落ちていくような気分になったんです。体中がデトックスされていくような感覚。そんな作品は初めてでした。修治に関わるキャラクターが全力で修治のことを愛してくれる。それが修治を演じている僕自身の汚い部分を洗い流してくれて。自分にはまだこんなにピュアな気持ちが残っていたんだと思えたのは大きな発見でした。

修治と彩子
ただ何気ない雑談でも、それは立ち入り過ぎじゃない? って思う質問を共演者やスタッフにされてしまうと、演じている役ではなく織田裕二に戻ってしまう。またそこから役に戻す時間が必要になることが、嫌なんです。吉田羊さんはそのラインが絶妙で。彩子として修治として、吉田羊として織田裕二として、どちらともとれるコミュニケーションなんです。すごくありがたくて、吉田さんのおかげで撮影中はずっと修治でいる事が出来ました。
吉田さんが彩子でよかったなと思う事は他にもたくさんあります。お芝居をしていて、ふっと死ぬのが怖くなった瞬間があり、台本のト書きには1行も書いていないけど、隣にいる女房の手を握りたくなった。そんな時、何のエクスキューズもなく握ってしまった僕の手に、彼女はごく自然に手を添えてくれました。修治と彩子がちゃんと存在していたことが嬉しくて。吉田さんとは今回初共演。こんなに素晴らしい役者は、そうそういないなって思えるくらいパーフェクトな方でした。

三角関係
今作で伊東は一番現実から離れた人。さらに二枚目の雰囲気を出すと、おかしくなってしまう難しい役どころです。(伊東役の)原田さんとは初共演でしたが、終始、役者であるスタンスを貫いてくれました。僕がTVで見ている原田さんのイメージは、その場にはまるでない。台本に書いてあるからではなく、ちゃんと相手のセリフを聞いて、生きたセリフを返してくれる方でした。
3人(修治・彩子・伊東)のデートシーンについて、「修治に嫉妬心はなかった?」と質問されますが、当然ありました。特に後半の彩子と伊東が2人きりでデートするシーン。修治は家で留守番をしていて、僕は二人への嫉妬でいても立ってもいられなかったですね。時計をチラっと見たり(笑)。切なすぎて笑ってしまいますよね。

役者人生初
芝居で泣くってことが、これまでは本当に苦手で。僕らの目的は観客を感動させたり、時には泣かせたりすることなので、演じている自分が泣く事に抵抗を感じていました。そもそもが“昭和の男”。 「男が人前で泣くなんて!」が刷り込まれてもいますし(笑)。でも今回は、涙が止まらなかった。カットがかかってもボロボロ出てくるし、自分でも「俺こんなに泣けたんだ!」って本当にビックリしました。泣く必要のないシーンでも自然に涙が出るし、心の中で「今日は絶対に泣かない」と決めた日もダメでした。こんな経験は役者人生で初めてです。
伊東に修治が謝罪に行くシーンは特によく覚えています。リハーサルで既に涙があふれてきて、言葉が出てこなくなってしまった。「うわ~ダメだ!」と。実際に途中から芝居ができなくなってしまいました。あとはラストの結婚式。あの日はキャストもスタッフも泣きながら撮影していましたね(笑)。繰り返し、同じシーンを撮りましたが、現場がひとつになれた感覚がありました。

もう一度始める恋愛
『ボク妻』は妻ともう一度始めるラブストーリー。お子さんがいて日々を忙しくされているお母さんにも是非時間を作って見てもらいたいし、もちろん男性にも。時間が過ぎると、隣にいる人が当たり前の存在になってしまいがち。この作品は改めてその人の大切さを気付かせてくれると思います。僕の中でずっと前から恋い焦がれていたラブストーリー。寒くなってきてふっと寂しくなる季節、ホットココアみたいに温まる映画を見るのもいいのではないでしょうか。
ストーリー自体はシンプルですが、映画化するには難しい物語という最初の印象です。主人公の職業も馴染みが薄いし、説明をしないと成立しない部分が多い。修治の奇想天外な行動から一転、周囲と彩子が事情を呑み込んでからは物語が一気に動き出します。そこに感情をどれだけ乗せる事が出来るかが勝負だと思いました。見終わって「面白かったね!」と単純に思われるより、何か余韻が残る作品を目指しました。
作品が完成して、今一番思う事は「本当に、この2人でよかった」ということ。世間が考える織田さんとは少し離れたイメージかもしれませんが、本人が持つ少年っぽい魅力が修治に“はまる”と最初から思っていました。修治をいつの間にか応援したくなる事が何よりも大事。そういう意味で、織田さんはピッタリだったと思います。
吉田さんは大切なシーンの前の集中力がすごいし、まとっているオーラや雰囲気がとにかく素晴らしかったです。2人の相性は予想以上。私が考える織田さんの芝居のイメージはピッチャー。色々な球を投げて、吉田さんがキャッチする。でもある時、吉田さんからすごい球が突然飛んでくることもあったりして。その逆転が本当に面白いです。
私自身、この作品を何度も観ていますがその度にぐっとくるポイントが違います。登場人物それぞれに見せ場がある大人のラブストーリーであり、主人公の死が迫ることで自分にとって何が大切なのかを気付かせてくれる物語です。修治と彩子、お互いがお互いを思いやる気持ちが、うまく伝わると嬉しいです。
小説を書いた当時のTV業界は良い意味でも悪い意味でもワイルドな時代。夜中にタバコの煙がもうもうの中で会議、朝方に帰ってまた机に向かって、仮眠して家を出る……それが日常でした。そんな生活をしている中で、「もし突然死んでしまったら、家族は俺が働いている姿を見ないままなんだな」って突然思い浮かんだんです。奥さんが「主人は好きなことをして、破天荒なまま逝きました」なんて事を言ったら、それこそかなわないなと。仕事に向けている自分の熱量を半年でもいいから家族に向けた時に「自分は何をするのか?」と考えました。“妻の結婚相手を探す”というこの物語の発想は、放送作家として「余命を家族に知らせる時、一番傷付かない方法」という宿題の答えです。その時に妻を「怒らせるしかないな」と。怒ると悲しみは軽減しますからね。
この映画を見て、「結婚したい!」だけではなく、日々の生活の中で何か別のアクションを起こそうと思ってくれたら嬉しいです。何気ない日常に、とっても面白いことが潜んでいることに気付いてもらいたい。
この作品に関わったスタッフの方が何かの局面で立ち止まった時、「三村修治ならどうするかな?」と思い出してもらえたら著作者冥利に尽きます。困難が訪れると僕はこう思っています。「余命半年を宣告され、妻の結婚相手を探すより、今起きていることはマシだ」と。