ある意味衝撃的なタイトルの原作本は、今最も多忙な放送作家の1人=樋口卓治氏によるデビュー小説。2012年11月に発刊された本作だが、そのパイロット版を青木裕子プロデューサー(以下、青木P)は目を通す機会に恵まれた。「タイトルからして目をひくし、内容もすごく面白かった。特に彩子という女性に惹かれたんです。修治もすごいけど、彩子もすごい。そんな彩子のために最期の時まで奔走する修治の姿は、誰しもに共通する感動を与えてくれるんじゃないかと。これは是非映画にしたいと手を挙げたんです」
 青木Pと同じく映画化へ動き出していたのが、プロデューサーの1人=春名慶(以下、春名P)。「原作は素晴らしくて読み応えがありましたが、これを2時間の映画にする場合(小説の)後半に絞るべきだなと感じたんです。修治が知多に“妻の結婚相手を探してほしい”と依頼するところから、急激に物語が転がり始める。そこをどう鮮やかに映像として見せていくか。そこが重要でした。」  脚本は数々の人気ドラマ、映画を手がけている金子ありさ。監督は長らく名ドラマの演出で手腕を発揮し、近年は『阪急電車 片道15分の奇跡』など映画監督としても着実にキャリアを重ねつつある三宅喜重に決定。いずれも原作を読み、その世界観に共感しての快諾となった。樋口氏は「映画は全くの専門外。逆にどんな風に映画にしてくれるのか興味がありました」と言い切り、映画化に際してリクエストなどは一切なかったという。
 「最後も悲しいだけでは終わらない。多くの人に伝えるべき作品だと最初から感じていたので、キャスティングには特にこだわりました」(青木P)「完成した脚本を読んだ時、真っ先に浮かんだのが織田裕二さんだったんです」(春名P)織田とは映画『県庁の星』でタッグを組んだ仲。「僕は織田裕二という俳優が大好きなんですが、どちらかというとB面の彼が好き。A面が『踊る大捜査線』シリーズの青島や、『外交官・黒田康作』の黒田だとすると、B面はさかのぼって『東京ラブストーリー』の完治や、『県庁の星』の野村。どちらかというと脆さやナイーブさが前面に出ている彼が好きなんですね。まさにB面の彼には最適の題材ではないかと」
 こうして2015年の年明け早々、織田のもとに脚本を持ち込みすぐさま快諾を得る。笑って泣ける。まさに織田が愛する世界観の物語に、「これは一生に一度会えるか会えないかの脚本です!」と嬉しい言葉をかけられた春名Pは、「この作品は織田裕二の新章突入。新しい扉を開ける作品にしましょう」と熱く応じた。
 織田が修治を演じることが決まり、問題はその妻=彩子役。織田とのカップリングを考えた時、「共演している、していないに関わらず既視感があった」(春名P)。そんな時、急速に注目を集めていたのが吉田羊だった。もちろん彼女はこれまで舞台を中心に着々とキャリアを積んできた実力派。しかし織田との共演経験はなく、まさにニューヒロインにふさわしい存在感の持ち主であった。「お芝居が素晴らしいのは当然として、織田さんとのカップリングも新鮮! すぐにオファーさせてもらいました」(青木P)
 修治が彩子の再婚相手に選ぶ伊東は、「清潔感のある男性」ということが最大のポイントに。作品のテーマに無駄にセクシャルな匂いを持ち込まないためにも、誰もが認める好男子でありながら、生々しさを絶妙に感じさせない男性。人気お笑い芸人として第一線で活躍し続け、近年俳優としての評価が高い原田泰造に白羽の矢がたったのは自然な流れだった。芸人としての原田と親交がある樋口氏も「彼の登場シーンは出落ちみたいになって、笑いが起こるのかな? と思っていたら、そんなこともなく。改めて俳優さんなんだなと思いました」と称賛を送っている。
 そんな3人を最後まで見守ることを決めた知多には、高島礼子。打ち合わせの中で織田が「知多って、修治と昔付き合ってた? くらいに思える人」と発言。それをヒントに「艶っぽさがある人」という条件をすべて満たしている高島に即決した。三宅監督は「ご本人も知多かそれ以上に、サバサバした方。まさにはまり役だなと思いました」と太鼓判を押している。
 キャスト陣の誰もが口を揃えるのが「織田さんは現場でずっと修治でした」というワード。もともと役への真摯な取り組み方には定評のある織田だが、今回の修治への入り込みようは目を見張るものがあった。織田のクランクインは、11月下旬。早朝のビジネス街からのスタートだ。既に余命を告げられ、仕事をスッパリ辞める決意をした修治が、長らくお世話になった関東中央TV局(通称=トウテレ)の建物に深々と一礼をする。セリフもない1シーンだったが、体中から発散される緊張感、そして明らかにここ数日で小さくなっている背中。本人は修治を演じるにあたって、徹底した食事制限による減量を敢行。以降、日が経つにつれ痩せていく織田の姿は、ほぼ毎日顔を合わせるスタッフの目からでさえ明らかだった。撮影は11月下旬~12月下旬という冬の時期だったにも関わらず、撮影の合間は必ずといっていいほど屋外で待機。実は撮影中珍しく風邪をひいていたという事実は本人も明かしているが、「具合の悪さをリアルに感じることでより修治に近付けた」と話す姿からは、怖いほどの役者魂を感じずにはいられない。
 モニター前で織田と三宅監督が熱心に話し込むのも撮影の日常風景。特に織田が探っていたのはコミカルなシーンでの笑いのバランスだった。「僕が最初にやってみせたのは、わりとこってりした笑いだったけど、監督は薄味の笑いが好みだったみたい。そこを2人で話しながら修正していく作業も楽しかったです」(織田)。修治が後輩の片岡喜子(森カンナ)と、婚活パーティーに潜入するシーンでは、そのコメディ力を存分に発揮。いい男をゲットすべく完全戦闘モードの喜子と、まるで乙女のように(!?)イケメン医師(前川泰之)にロックオンする修治の軽妙なやり取りに「これは笑ってしまうね」と監督も笑顔。合間、森と「(喜子は)いい女を気取ってるんだけど、どこか不器用なんだよね」と談笑する織田からは、自分以外のキャラクターまでも深く考察している様子がうかがえた。
 織田から少し遅れ、12月頭にクランクインした吉田。初日から修治の浮気現場(実は偽装)を目撃してしまうという、ヘビーなシーンとなった。早朝、通勤ラッシュでごった返す三鷹駅の駅前にあるカフェでの撮影。当然スタッフは人止めに走り回り、かなりばたついた雰囲気のファーストシーンとなったが、吉田が動揺する素振りは一切なし。オープンテラスでこれみよがしにいちゃつく修治とモモ(佐藤ありさ)の姿を、じっと見つめる目線からは、怒りよりも哀しみが溢れ出ているようにも見えた。
 そしてこの日は、そのまま怒涛の回想シーン撮影へ突入。三宅監督こだわりのシーンだが、赤ちゃん・陽一郎との共演に予定調和は存在しない。織田、吉田が2人して「ようちゃん、おいで!」「ワンツー、ワンツー!」など口々に赤ん坊をあやすシーンはまさに若夫婦といった風情で微笑ましいが、当の本人たちは必死!「ここのシーンはナマものですからね」と、監督もかなりの長回しで仕掛けていく。一連のシーンの撮影で初共演となる織田と吉田はすっかり打ち解けた様子。親の借金を背負ったため、本気の離婚を切り出す修治の7年前の回想シーンでは「こういうセリフ、女性は言いますかね?」と織田。「この人と添い遂げるって決めてるから言えるんでしょうね」と答える吉田。「大事な事言い合えない夫婦なんて、そんなのなしだから」(by彩子)は劇中、何度か登場する名ゼリフとなっている。
 これまで「泣くシーンは苦手」と公言していた織田。だが本作ではそれとは真逆の悩みを抱えることになる。「こんなに泣いた作品はない!」と後に織田本人が語っているように、涙を“流さないように”努力することを強いられたシーンが多々あった。すべてが露見し、伊東のもとへ謝罪しに行くシーンでは、カメラを回さない段取りでとめどなく涙があふれ出てくる。セリフを言うのもままならず、ひとり気持ちを落ち着けるためその場を離れる織田。もちろん全スタッフが彼の気持ちを汲み、現場は静まり返る。一通りのテストが終わった後、こちらも、いつも以上に集中していた原田の気遣いに、「泣くつもりじゃなかったんで(笑)」と織田が明るく返す。何度かテイクを繰り返し、最終的にはギリギリのところで涙をこらえる修治がOKカットとなった。
 吉田も撮影後半は、泣きっぱなしの日が続いた。「彩子が、ぐしゅぐしゅ泣いていてはいけない。それは分かってはいるんですが、後半は修治がいつも座っているソファを見ただけで涙が出てきてしまって」(吉田)。
 そして吉田の心を揺さぶったもう1人の人物は、陽一郎を演じた込江。幼いなりに自分の父親に異変が起きているのを感じ取った陽一郎が、ベッドの中から「教えてくれる? お父さんに何があったか」と尋ねるシーンでは、三宅監督が「お母さんの方を向くまで二間(ふたま)ちょうだい」とリクエスト。迷うことなく「分かりました」と答えた込江は、本番できっちり間をとってきただけではなく、セリフを言った後に吉田の手をキュッと握ってきた。「その後に、私の方を見つめたんです。ただ二間待つだけでなく、陽一郎として待つってどういうことなんだろう?って瞬時に考えて発信してきた。素晴らしい俳優さんだなって感動しました」(吉田)。吉田と込江の撮影日は、朝のハグから始まり、合間も常に一緒におしゃべりするなど本当の親子のような仲睦まじさであった。
 修治と彩子の関係性が最も緊迫するのが、彩子に修治が離婚を切り出す一連のシーンだろう。なんとか彩子の欠点をあげつらおうとする修治が痛々しい。「いつも着替え、いい匂いだし、冷蔵庫もおいしいものいっぱいで…」とまるで彩子をほめているような、見方によってはノロケのようなセリフが続き「何かぬるいんだよ、そういうの!」と支離滅裂なキレ方をする修治。そしてついに言った一言…「だから別れてくれ」。
 「このセリフを言う時は、本気で顔がこわばっちゃって」(織田)。そんな修治の愛情が逆説的に伝わってくるこのシーンは、修羅場でありながら愛の交感シーンのような不思議な切なさに満ちている。この日撮影現場を見学に来ていた樋口氏は、自身の作品が着々と映画化されていることに「自分が書いたものをこうやってたくさんの人の手で映画にしてもらって…贅沢です」と感動しながらも、「修治、言い過ぎだろ! と思いますね」と苦笑い。またまさかの突然の離婚の申し出に、雷に打たれたように一瞬フリーズする吉田の受け芝居も光る。一瞬幼い表情を見せ、深く深く傷ついているのが手にとるように分かる彩子の姿に、現場スタッフも息をのんでモニターを見守っていた。
 年の瀬も押し迫った12月28日。メインキャストが揃う、彩子と伊東の結婚式でついに本作はクランクアップを迎えた。前回から少し撮影があいた織田は、たった数日でさらに体をシェイプ。こけた頬にクマ。美しい教会で厳かに行われる奇妙で感動的な結婚式。最後の最後まで一切妥協することなく、何度もカットを重ねていく三宅監督の姿も印象的だ。実はチャペルでのシーンは、セリフらしいセリフがあるのは織田のみ。修治が振り絞るように彩子への想いを吐露していく芝居を、そこにいる全員が全力で受け、笑い、泣く。ほぼまる一日かかった撮影の間、織田の集中力は一瞬も途切れることなく、NGもない。ただここでも印象深い変更があった。脚本ではよどみなく「彩子」と呼び掛けている修治だが、実際に言ってみると織田は少なからず違和感を感じたようだ。「もう僕の彩子じゃない。監督と相談して、彩子と言いかけるんだけどそれを途中でやめて、彼女って言い換えようと」(織田)。監督は役者全員が感極まり涙を流す中、努めて冷静に全体の画をジャッジ。「(織田の)顔がちょっと泣いている感じだから。やっぱり少し待とうか」と提案する監督に、「息子の前で泣くなんて、最低ですよね! 今までこんなに(芝居で)泣いたことないんだけどな」と気持ちを切り替えていく。時にはあふれる涙を、ごしごしと乱暴にぬぐう仕草が胸を締めつけた。ついにタイトルにもなっている「ボクの妻と結婚して下さい。」を修治が言い切った時、不思議な高揚感と一体感が現場を包む。だが涙で終わるのではなく、ラストカットは修治の少年のような笑顔! この笑顔は後に、三宅監督が一番好きなカットにもなった。作品のテーマ通り、笑いと涙であふれたオールアップ。「こんなに気持ちが揺さぶられた作品は初めてです。突拍子もないストーリーですが、素敵なラブストーリーになったのかな。今、この作品に出会えたことに本当に感謝しています」(織田)。